黒潮たゆとう種子島、寄せる白波、そよ風の香、降り注ぐ太陽の光、安納芋(あんのういも)はこんな大地で育てられます。
農業一筋60年、地湧庵 河東時徹が丹精込めて栽培している
安納芋(あんのういも)です。
安納芋の収穫は10月〜11月です。収穫したあと貯蔵所でひと月ほど熟成させることによって一層美味しさが増します。甘いねっとりとした独特の食感は焼き芋にすると更に増します。
地湧庵農園で栽培している安納芋
安納芋は中の色によって、大きく紅、黄、紫の3つに分けられます。紫は単独で「紫芋」と呼ばれることが多い。
近年では、安納芋の人気にあやかって鹿児島県本土や宮崎県で栽培されたものが「安納芋」と称して出回っているようです。甘さや食感など、品質の劣る安納芋が大量に出回るのが心配です。
種子島の気候、風土の中で栽培され続け、改良を積み重ねた安納芋。この味は種子島でしか作り出せないものだと思っています。
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| 安納あんじゅ 表皮の色が薄茶色。味は大変に甘くねっとりした独特の食感。 |
安納かぐや 表皮の色が白っぽい。安納あんじゅと比べややさっぱりした食感。 |
安納むらさき 表皮は白く、果肉は純紫。菓子などの色付け用として人気がある。 |
安納芋との出会い
確か2005年頃、私(大詔)は銀座三越食品売り場の人だかりで安納芋に出会いました。自然食品、ヘルシー、甘い(糖度16度)、独特の食感・・・。不覚にも故郷出身のこの安納芋のことをこの時まで私は知らなかったのです。誰よりも望郷の念が強いと思っている私ですが、ふるさと自慢といえば、まずは鉄砲伝来(火縄銃)、ロケット(宇宙)基地で、種子島安納芋がこんなに人気を博しているとは正直驚きでした。そこで早速種子島の兄貴に電話し取り寄せました。その味は私が子供の頃「にんじんいも」と同じ味で私は深い郷愁に襲われました。
安納芋のルーツはにんじん芋?
安納芋のルーツは私の記憶の通り、にんじん芋に違いなかったのです。戦後間もない頃、芋(カライモ、サツマイモ)は主食に近いものでした。甘くておいしいにんじん芋はもちろん大好きで、成長期のお腹を満たしてくれました。しかし、にんじん芋には大きな欠点がありました。それは他の芋に比べて極端に収量が少なかったのです。食用としてはともかく換金作物としては割りに合わない品種だったのです。農家はでんぷん用さつまいもとして収量の多い農林1号を作付けしました。まもなく高度経済成長時代になると食料事情も好転し、にんじん芋はおやつとしてかろうじて命脈をつなぐ程度となり、多くの農家では種芋が失われたのです。
安納芋誕生!
ところで、でんぷん用の芋(南ゆたかなど)の栽培は、助成金などもあり需要も安定しているのですが、非常に収益率が低くこれからの種子島の農業を考えると大変不安です。そこで「青果用さつま芋」として見直されたのが「にんじん芋」です。見向かれなくなっていたにんじん芋が脚光を浴びることになったのです。当時種子島の安納地区で栽培されていた、にんじん芋を元に鹿児島県農事試験場熊毛支部で品種改良が進められ、味、形、大きさが安定したものが「安納芋」として栽培されるようになったのです。江戸時代・元禄年間、琉球(沖縄)より伝来し、多くの人を飢餓から救ったカライモ(サツマイモ)は安納芋と名を変え、再び種子島の救世主となろうとしているのです。
地湧庵農園と安納芋
衝撃的な安納芋との出会いから5年が経ちました。思えば、いまや安納芋は全国区となったといってよいでしょう。究極の自然食品、ヘルシー食品として益々人気が高まっているのです。安納芋を一度味わった人はその虜になってしまうのです。種子島の風土と幾多の先人、栽培農家が丹精込めて作り上げてきた安納芋。この安納芋の信頼と信用を末永く愛していただけるよう心を込めて育て上げるのが、地湧庵農園の務めと思っています。今後ともよろしくお願い申し上げます。
閑話休題
これまで安納芋について述べてきました。ついでに種子島をイメージする御三家を紹介しましょう。このページの役目上1つは安納芋です。静岡のお茶、北海道のじゃがいも、青森のりんごといった具合に、みなさんのイメージの中に定着してほしいという願いをこめて。次の1つはもちろん鉄砲伝来でしょう。日本史で1543年(天文12年)種子島に漂着したポルトガル人が鉄砲(火縄銃)を伝えたという故事を知らない人はありません。この鉄砲(種子島銃)によって、織田信長は全国を統一したのでした。最後の1つはロケット基地(宇宙センター)でしょう。ここからロケットによって打ち上げられた人工衛星のひまわり、かぐやの活躍で、天気予報、テレビ放送等に革新がもたらされたのです。種子島は宇宙に一番近い島なのです。これらについては種子島風土記に詳しく載せてあります。



